「インフルエンザかもしれないので、検査をしてもらってきてください」
こんなことを言われた経験はどなたにでもあるのではないでしょうか。
確かに、「インフルエンザの検査」は便利です。
結果は数値ではなく「あり・なし」で出ますし、
結果が出るまでの時間もわずか数分です。
仮に
のであれば、全く問題はありません。
少しでも疑わしい人全員に検査をして、
その結果「だけ」でその後の対応を考えればよいのですから。
しかし、実際は上に挙げた例のようにはいきません。
今使われている検査キットは百発百中というわけではないからです。
つまり、
のです。
より問題なのは2番目、つまり検査が陰性(マイナス)になった人の中に
実はインフルエンザにかかっていた、という人がかなり紛れこむという事実です。
大まかに言うと、実際にインフルエンザにかかっている人が
正しく「インフルエンザ陽性」になる確率は70-80%ぐらいなのです。
例えば、インフルエンザにかかっていて、
ほとんど同じような症状・状況にある人を10人集められたとして、
その10人にインフルエンザ迅速検査を行った場合、
10人全員が検査陽性(プラス)になるわけではなく、
陽性(プラス)になるのはせいぜい7−8人までです。
残りの2-3人は(実際にはインフルエンザにかかっているにも関わらず)
検査では陰性(マイナス)になってしまいます。
ちなみに、逆はあまりありません。
インフルエンザにかかっていない人を
うっかり「インフルエンザ陽性」とすることはほとんどないことが分かっています。
単純に「検査結果 = 診断」としてしまうと、
「インフルエンザではない」とされた人の中に
「実はインフルエンザだった」という人がかなり入ってきます。
それは結果として、
ことにつながります。
つまり、インフルエンザ検査の結果だけをみて
インフルエンザかどうかを診断してしまうのは
非常に危険なのです。
それに加えて、インフルエンザを診断する上で
必ずしも迅速検査が必要でない場合もあります。
もっと言うと、インフルエンザの検査をしてしまうことで
検査前よりもさらに診断に迷うという事態すらありうるのです。
医者は普通、診断を確率的に考えます。(…と個人的には思っています)
例えば、ある患者さんを診察しているとき、頭の中では
「この患者さんはインフルエンザの確率が80%ぐらいはありそうだな…」
「この患者さんのインフルエンザの確率は10%ぐらいだろうな…」
のように常に考えています。
もちろん、目の前の患者さんに実際に起きているのは
インフルエンザか、それ以外か、のどちらかなので、
「インフルエンザの確率が80%」のような表現は
ちょっと変な感じがするかもしれません
イメージとしては、同じような患者さんが100人いた場合、
そのうち何人が本当のインフルエンザ患者さんなのか、が確率に相当するので
ということになります。
インフルエンザに限りませんが、検査によって変わるのは
その対象としている病気の「確率」です。
確率が100%に近づくほど、本当にその病気であることはより確定的になり、
0%に近づくほど、本当にその病気であることはより否定的になっていくわけです。
ここで、行った検査が優秀であればあるほど、
検査結果によって確率が大きく動きます。
「この病気の可能性はほとんどないんじゃないかな…」と思っていても、
非常に優秀な検査の結果が「陽性」になれば、
一発逆転、可能性が90%ぐらいに跳ね上がり、
診断がほぼ確定する、ようなこともありえます。
もしこの世の中に完璧な検査があるとすれば、
になります。
この場合は簡単です。
検査結果のみで診断をつけることが可能ですので、
それ以外の要素を考慮する必要が全くありません。
たとえ、それ以外の要素を考慮していたとしても、
検査結果で全てがひっくり返されてしまうので、
考慮すること自体がある意味無駄な努力とも言えます。
しかし、一般に行われているインフルエンザの検査はそうではありません。
そこまで優秀・完璧な検査ではないのです。
確かに、検査結果によって「本当にインフルエンザ」である可能性は上下するのですが、
その幅は(その他の要素を全て吹き飛ばすほど)大きいものではありません。
例えば、
みたいな患者さんが受診された場合、
私なら「9割方インフルエンザだろうな」と考えると思います。
そんな患者さんにインフルエンザ検査をした場合を考えてみましょう。
検査が陽性(プラス)だった場合、
診断はインフルエンザで確定、としてよいでしょう。
インフルエンザでない人をインフルエンザと診断してしまう
うっかりミスに陥っている可能性は非常に低いからです。
それでは、検査が陰性(マイナス)だった場合はどうでしょうか。
インフルエンザではない、としてしまってよいでしょうか。
初めの方に述べましたが、現在のインフルエンザ迅速検査は
本当にインフルエンザにかかっている場合でも、
その2-3割程度は見逃しを出してしまう検査です。
この条件をふまえて「ベイズの定理」というものを使って計算すると、
9割方インフルエンザだろうと考えている患者さんに迅速検査を行って、
検査が陰性(マイナス)だったとしても、
インフルエンザである可能性は
依然として65-70%程度も残るという結果になります。
みなさんはこの数字をどのように思われるでしょうか。
少なくとも私はこの数字を見て、
この患者さんはインフルエンザではない、
としてしまうことはちょっとできません。
インフルエンザである確率が無視できないほど残っているのであれば、
抗インフルエンザ薬を使うことによって追加で得られるメリットが
それなりにあるのかもしれませんし、
不用意に集団生活に戻ってしまうと、
感染が拡大するリスクも抱えています。
たとえ検査が陰性であったとしても、
まだインフルエンザである確率がそれなりにあるのであれば、
その患者さんをインフルエンザとして扱って、
薬を使ったり、登園・登校禁止期間を守ってもらったりすることには
割と意義があるということにならないでしょうか。
振り返ってみると、
検査が陽性ならインフルエンザ確定、
でも検査が陰性でもインフルエンザは否定できない。
それどころか、どちらかというとむしろインフルエンザっぽい…
そんな状況がありうるのだ、
ということがお分かりいただけたかと思います。
しかも、検査の結果がどちらであっても
患者さんをインフルエンザとして扱う、
という結果は全く変わっていません。
つまり、検査を行って、その結果が得られたとしても、
その後の経過や行動に何の影響も与えていない、ということが
場合によっては起こりうるのです。
私たちが検査をする目的は、
目の前の患者さんが辛くなっている原因を知りたい、その病名をつけたい、
ということだけではありません。
それももちろん大切ではあるのですが、
「検査をする」「診断をつける」ということの先にあるものを見すえたうえで、
今この状況でこの検査を行う意味や意義があるのかを考えていくことが
大切なのではないかと思っています。
繰り返しますが、大切なのは「検査をすることそれ自体」ではありません。
患者さんの不利益をいかに少なくするか、
この地域やコミュニティにとっての利益はなんなのか。
私は診療の中で
あえて検査をお勧めしないこともよくあります。
「なんて不親切な!」と思われることもあるかとは思いますが、
その背景には今回述べたような考え方があることも
知っておいていただければと思います。