こんにちは、すこやかこどもクリニック浮間 院長の金井慎一です。
今日は、新型コロナウイルス(「2019-nCoV」と言います)感染症について、
一般の小児科クリニックの院長からはどのように見えているのか、お伝えします。
この記事が少しでも皆さんのお役に立てばと思います。
2020年1月31日の時点で、
WHOが
「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC: Public Health Emergency of International Concern)」
に該当すると発表し(リンク)、
2020年2月1日には日本国内で指定感染症として定められました(リンク)。
その他にも、2019-nCoVについては連日多くの報道がなされており、
「新型!」とか「感染者が○○人!」とか「○○人が死亡!」とか「患者を隔離!」
とかの言葉が連呼されると、誰でも不安にはなってしまいますよね。
SNS等でも様々な情報を目にすることが多いことと思いますが、
内容的に正確とは思えず、有害ですらあるような投稿も散見されます。
このようなときは、出所のわからない情報は当てにせず、
公的機関から発表されているデータを元に、
様々な判断を行っていくことが大切だと思います。
ここでは、2020年2月2日の時点で公的機関や大学などから発表された資料を参考に、
この感染症に対する私なりの捉え方をお話ししていきます。
「新型コロナウイルス感染症」という名前からも分かるとおり、
原因ウイルスは数あるウイルスの中でも
「コロナウイルス科」というグループに含まれます。
コロナウイルスは特別なウイルスではなく、
私たちがよくかかる、いわゆる「風邪」の原因ウイルスでもあります。
(風邪の10-15%はコロナウイルスが原因で起きているとされます。
私たちはおそらく、人生で1回はコロナウイルスによる風邪を経験しているはずです)
SARS(リンク)やMERS(リンク)といった、過去に流行した致死率の高いウイルスも
コロナウイルス科ですので、
今回の2019-nCoVは「SARSやMERSと同じくらい怖いかもしれない」
という考え方が間違いとは言い切れませんが、
同様に「普段かかる風邪と同じくらいかもしれない」
という考え方があってもおかしくはないのです。
…さて、2019-nCoVに関する情報はすでに世の中にあふれかえっていますが、
情報が多すぎてあちこちに散らばっていると、イメージばかりが先行して
何が重要なのかが分からず、パニックに陥ってしまいがちです。
そこで、ここでは、比較的なじみが深いと考えられるインフルエンザと比較して、
インフルエンザと似ているところ、似ていないところをまとめることで
理解が深まるのではないかと考えました。
では少し整理してみましょう。
主な症状として、
と報告されています。
これらの症状が出る頻度は
発熱 98%、咳76%、息切れ55%だそうです。
インフルエンザととても似ていますね。
というか、いわゆる風邪の症状ですね。
その他の、より頻度が低い症状としては
があるようです。
ただし、この報告の対象となっているのは
肺炎を起こし、重症化して、入院が必要になった方です。
あまり症状が重くなっていない人は
そもそも2019-nCoV感染症を疑われておらず、
実は症状がほとんどでないケースがありました、
と後になってわかることも考えられます。
(インフルエンザでも「隠れインフルエンザ」とか表現されることがありますね)
感染症の「感染力」は「基本再生産数」という数値で表され、通常R0と表記されます。
R0はある病原体に対して免疫のない集団に、疾患に罹患した人が1人入ったときに、
その人から何人の人に感染が起こるかを表したものです。
R0が大きければ大きいほど感染力が強いといえます。
WHOは2019-nCoV感染症のR0を暫定的に1.4-2.5としています(リンク)。
この数字は季節性インフルエンザに近いものです(資料)。
(リンク先の資料を見ると、麻疹・百日咳・水痘の感染力がいかに強いかもわかりますが)
R0が1を超えると感染は拡大し、1を下回ると感染は広がりません。
ただし、R0は周囲の免疫が全くなく、
隔離などの対策を一切取らないことを前提としていますので、
対策によって感染を終息に向かわせることが可能なわけです。
現時点では、2019-nCoVも他のコロナウイルスと同様に
により広がると想定されています(リンク)
(今後、「実は飛沫核感染=空気感染していた!」
ということにならないとは言い切れませんが)
これもインフルエンザと同様ですね。
2019-nCoVとインフルエンザウイルスは、
その構造や大きさもよく似ています。
どちらも「エンベロープを持つ1本鎖RNAウイルス」であり、
ウイルス粒子の直径も約100nm(ナノメートル)です。
直径100nmというのがどれくらいの大きさなのか、
イメージがわきにくいかもしれません。
n(ナノ)は10-9ということですので、
1nm(ナノメートル)は10-9m、すなわち10億分の1メートルです。身長127cmぐらいの小学生が地球の直径と同じぐらいの大きさだったとすると、
1cmは100kmに、1nmは1cmに、100nmは1mに相当します。
つまり、身長127cmの小学生にとっての100nmのウイルスは、
地球にとっての直径1mぐらいの大きめのバランスボールみたいなものです。
(ウイルスがいかに小さいのかがわかりますよね…)
一般的にイメージされるマスク(サージカルマスクといいます)は
5µm(100nmの50倍です)より小さい物質は通り抜けてしまうため、
サージカルマスクだけで2019-nCoVの侵入を防ぐことはできません。
さらに、サージカルマスクは、その構造上、
顔とマスクの間に隙間ができます。
たとえ隙間が1mmだけだったとしても、
ウイルスの大きさはその10000分の1しかありません。
10kmの幅がある門を1mのバランスボールが通るようなものです。
では「N95マスク」はいかがでしょうか。
「N95マスク」は、300nm以上の粒子を95%以上遮断することができます。
300nmより小さい100nmの2019-nCoVは防げないじゃないか、と思われるかもしれませんが、
ウイルス粒子のまわりには水分などが付着し、直径はもう少し大きくなりますので、
侵入防止に全く効果がないとは言い切れません。
しかし、N95マスクは非常に装着が難しく、
完全に隙間ができないようにするのは非常に困難です。
また、実際にN95マスクをしっかり装着すると、
かなり息苦しさを感じます。
N95マスクを装着したままで日常生活を送るのは
ほとんど不可能とすらいえます。
(普通に生活できるけど?というときは、どこかに隙間が空いています)
サージカルマスクの役割は
です。
医療従事者は上で書いたように咳やくしゃみをする方に正対することが多いため、
インフルエンザの流行時期にはサージカルマスクを着用していますが、
それが一般の方にそのまま当てはまるわけではなく、
私たちもマスクさえしていれば感染が予防できる、とは思っていません。
病気にかからないようにする、という点において
マスクの使用に全く意味がないとは言いませんが、
2019-nCoVの拡大を防ぐ上でより大切なのは、
咳をしている人(=感染しているかもしれない人)が
マスクをするなどの咳エチケットをしっかり守るということです。
また、エンベロープを持つウイルスはエタノールによる「消毒」が有効です。
石けんを用いた手洗いも有効ですので、
手が荒れないように注意しながら手洗い・アルコール消毒を行ってください。
次は、インフルエンザと異なるところです。
2019-nCoVはごく最近になってヒトに感染するようになったウイルスです。
また、ワクチンも存在していなかったため、
2019-nCoVに対して免疫を持っているヒトはほとんどいない状況です。
インフルエンザのようにワクチンがあれば、
感染した人が接触した人の中に
免疫をもっている人がある程度存在するため、
感染の拡大はその分抑えられます。
(これを集団免疫といいます。
ワクチンの接種率が100%でなくても
流行がある程度抑えられるのはこれが理由です。)
しかし、2019-nCoVはそうではないため、
軽症の方が普通に生活するなどの
行動パターンをとった場合は、
ウイルスの本来の感染力に従って
感染が蔓延することになってしまいます。
インフルエンザの場合は、
決して完全とは言えないものの、
一般のクリニックレベルで
検査が利用できます。
しかし、2020年2月現在、
2019-nCoVがいるかどうかの検査は
RT-PCR法という、
方法しか存在していません。
つまり、「新型コロナウイルス感染が心配で」という理由で
クリニックを受診していただいたとしても
2019-nCoV感染かそうでないかはお伝えできず、
「可能性がなくはない」という曖昧なお返事しかできないことになります。
症状のごく軽い方まで上に書いたRT-PCR法を依頼していると、
検査を受け付ける機関がパンクしてしまい、
本当に必要な方の検査が後回しになってしまう事態になりかねませんので、
重症と思われる方を除いては、インフルエンザなどでないことを確認した上で
ご自宅での静養をお願いすることになります。
インフルエンザには「タミフル」や「リレンザ」のように
「症状を少し早く改善させる」効果のある薬がありますが、
2019-nCoVに対して「効果がある」と分かっている薬はまだありません。
ただし、インフルエンザにしても、「タミフル」や「リレンザ」は
必ず使わなければいけない薬、というわけではありません。
基本的には自然治癒する病気ですので、
こういった薬がまだないという状況を
必要以上に悲観する必要はないと思います。
しかし、インフルエンザやよくある風邪であっても、
それを「こじらせて」合併症を起こし、
入院が必要になったり、亡くなってしまう方が一定数はいます。
どんどん悪くなっていないか、
合併症を起こしていないか、
などに注意しながら
慎重に経過をみていく必要があるのは、
インフルエンザでも風邪でも2019-nCoVでも同じことです。
最初に報告された論文では「致死率は15%」とされており、
この数字からはSARSの致死率9.6%(リンク)や
MERSの致死率35%(リンク)に近くなりますが、
Johns Hopkins CSSE というところが発表している資料を元にすると、
2020年2月2日時点で致死率は約2.1%と計算されます。(14,499人中304人死亡)
ただし、これらの数字は流行早期に確定した患者数をベースにしているため、
今後軽症の患者さんが多く報告されるようになると、分母が大きくなり、
致死率は下がることになるかもしれません。
逆に、ウイルスが突然変異して重症化しやすくなり、
致死率が高くなってしまう可能性もあるのですが。
少し長くなってしまいましたが、
これまでに分かっていることをふまえた上で
私が考えていることをまとめて述べます。